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.. 「とにかく僕らは、うんと殺して、うんと死んだ訳だ。前の戦争で。
. その世代の霊が今、アナーキーな国を造ろうとしているのが僕には見える。」
.
. 崇は隔離された病室で、箱庭療法の砂地にチェスの駒のようにフィギュアの人形を差し込んで独
り言を言った。
. ミイラ放火事件以来、一年が過ぎて16才になっていた崇は、少年法の範囲内で精神鑑定の必要性
から半年近くこの病棟に閉じ込められて修道僧のような日々を過ごしていた。
. 「僕が理解した者は僕の友達だから...... 。 それがたとえギリシャやバビロンの時代でも。
. 僕は少女を助ける事によって彼女と別離したのだろうか?
. 救い出す事が離別になる事は大人の世界ではよく起る事だろうか?」
. 崇はミイラの少女によって狂気なる世界に入り込んだ。いや正気と言う妄想に開眼していた。
. あれ以来少女は夢には現れず、崇はそれをもうふっきって何やら又、別の妄想を引き寄せてい
た。
. 崇は箱庭の中心にうずたかく砂を集めて山を作り、てっぺんに深い火口を穿った。
. いつもなら主治医が遠くで見ているのだが。今日は何かの用事でドアの外の廊下で誰かと話し込
んでいる。
. 決まって夕方窓の外の柵に留まってアァーアァーと喚くカラスが、今日の大雨にもかかわらず性
懲りも無くやって来て騒ぐのが崇の勘にさわって、手許にあった人形を窓に向かって投げつけた。
. それに崇にはあのカラスの頭が見知らぬ女の顔に何時も見えて気持ちが悪かったのだ。
. アァーアァーアァーとカラスは飛び立ち、ペアのもう一匹の声が遠くで聞こえる。
. 「カラスにしろ、人形にしろバビロンの草木にしろ僕には友達だ、在るか無いかの国に於いて
はね。」
. 崇は物を投げつけた割にはそう思い、砂の山の火口を覗くと、何時の間に入り込んだのかクリス
マスの時に飾る銀色のプラスティクの球体が、半分砂に埋もれて火口低部の暗闇の中に光ってい
た。
. 上から覗いて見ると崇の顔が、歪んで映っているように見えたのだが、まったく違ったものにも
見方を変えると見えて来て、それは何か裸の女のようにも見えるし、5、6人の妖怪の行列のようで
もあった。
. 崇は何だか恐くなってその火山を平手で素早く均してしまった。
.
. 一方、友達を無くした光も、少し部屋に閉じこもりぎみの日々が続いたが、ある日ミイラ消失事
件以来忘れていた、オープニングパーティーでみんなに配られた“大そらしま展”のカタログを何
気なく見ていると、燃えてしまったミイラの少女の写真の次のページに“使用不明-文明中期の帽子
形土器(側面下に二子不二の文字あり)”と言う写真を見つけ、詳細のページを見ると - 中世期土器で
使用目的ははっきりしない。外側下部のドーナツ状の鏡のつばの上の円錐は、上部に穴があり、五
層に分けられたレリーフ状の象形で飾られている。最下層の層から雲、その上に太陽、その上には
星、その上部には銀河、最上部は無地。(h.500,40π)
. 内部にも外側と違うレリーフがあり外側の層と同じ階層に別れているが、下から幾何学的人々、
雲のような形態の人々、空を飛んでいる人々、神話世界の人々、その上は無地。
. 尚、つばの部分の上部は金属を磨いた鏡面である。 -
. 「ふむ、これは二子不二の模型かな。」
. そう思って光は自分の作っているジオラマの中にも二子不二があるのを思い出した。
. 現実の二子不二は名前に反して普通の一峰の死火山だが、標高は3000m近く有り、昔から信仰の
対象になって、中が空洞の事も有り観光名所だ。
. 光も親に連れられたり、学校の遠足でニ、三度行った事もあったが、中の空洞は丁度月のクレー
ターのようで、岩の壁が磁気化しており、テルミンのように近付くとブゥン〜、ブゥン〜、と音が
する部分が彼方此方に点在していたのを覚えている。
. 「これ、須弥仙じゃないの?」
. 光は直感的にそう思った。
. 昨日、学校の社会科の授業が丁度仏教史で、話は上の空で聞いていたのだがイラストの須弥仙と
言う図が妙に気に入って、それは宇宙を表す、大きな亀の上に乗ったオブジェだったが、何か光に
近未来的なロボットを連想させたのだ。
. 「きっとそうだよ、だって、外の世界と中の心の世界が上部の火口で繋がっていて、下の鏡は現
実を映しているんだ。」
. その事を今度、父親に話してみる事にして、自分の作ったジオラマを眺めると、何だか納得が行
かなくなり、思いきって作り直す事にした。
. ボンドでくっ付けてあるスポンジの粉を振り掛けた発砲スチロールの山を、バリバリと引き剥が
した光は、今思い浮かんだイメージのようにリアリズムな山ではなく、もっと知的な抽象的な形態
にジオラマごと変えて行く事にしたのだ。
. 「リアルなジオラマなんて誰でも作るからね。」
. そう思ってまず中心の二子不二から今度はボール紙の三角帽子に紙粘土で“大そらしま展のカタ
ログ”を参考にレリーフめいた記号を張り付けていった。
. 眠る直前まで集中的に製作を続け、ほぼカタログの写真に似たものを作り上げたのだ。
. 鏡面部分はパソコン用のシール材を使った。
. 「何だか帽子みたいだ。」
. そう思ってふざけてそれを冠り鏡の前で自分の姿を見ると中世の魔法使いのようだ。
. 記念にとデジカメで写真を撮ってみた。
. はじめフラッシュモードにするのを忘れてニ、三枚撮ってしまったのを気が付いて取り直した。
. その夜はそれで寝てしまった。
. 次の日、学校から帰ると光は忘れていた昨日の写真の事を思い出し、パソコンに取り込んでみ
た。案の定、始めのニ、三枚は真っ黒で、後の写真にはおどけてピースサインをする魔法使いの光
が映っていた。
. 「あれっ、何だこれは?」
. 始めのNGの黒い三枚の写真を見ていた光は薄らと暗闇にシルエットで映ったトンガリ帽子の上の
部分から、丁度火山の噴火のようなぼんやりとした光が放射されているのを見つけたのだ。
. 三枚ともにそれは映っていた。
. ブルブルブル、急に寒気がしてもう少し拡大してよく見てみると、その光は何だか人の影のよう
に見えてきた。
. 「何だ、崇じゃないか。」
. 光は驚いて黙り込んだ。
.
. そのころ暗い夜の病室で崇は箱庭の二子不二を作り直していた。
. 来る日も来る日もそれは再生され、作り替えられていた。
. 「僕の分る者達は、みんな僕の友達だからね。それが近くの人でも、遠くの人でも。」
. 崇は独り言を言いながら毎日二子不二を作り替えても、クリスマスの銀のボールだけは相変わら
ず火口の底に埋めるのが気に入っていて、しきたりのようにそれだけは続けていたのだ。
. 今日も火口から中を覗くとその鏡にはえたいの知れない物が映る。
. いや、今日は光の顔が映ったような気がして少し嬉しくなったのだ。
.
. 一方、次ぎの朝、事件以来落ち込んでいた光の父、探も警察や保険会社の聞き込みなども一年
が過ぎて一段落し、久しぶりに家の裏の現場に赴き、昨日の大雨の後の状態をうかがっていた。
. 七月の雨上がりの空は降り残した雲を不思議な形の作品として展示して、雨に洗われた現場は、
カッパドキアのトンガリ屋根のような造型が乱立し、その中に今までは只の石かと思っていたもの
が、実は巨大な人工的に削られた丸い彫刻であることが見て取れたのだ。
. 探は急いでぬかるんだ土の上に敷き詰められた水たまりのあるブルーシートの上を、よたよたと
転びそうに、滑りながら、それに駆け寄り、四畳半の部屋ほどもあると思われるその大きな巌の地
上に突き出た1/5ほどの上部を眺めていた。
. 「うん〜、これは大した発見になるぞ。ひょっとしたら玄室かもしれんな、早急に掘り出してみ
る必要があるぞ。」
. まだ朝の8時なので掘り出し人夫も集まっておらず、探は待切れず無駄だと分かっていてもジッ
としておれず、一人スコップで石の回りを掘り出した。なるべく石に傷を付けまいと少し離れた所
を掘っていたのだが、スコップを土から抜く時に少し強く石に当ててしまった。
. その時、ボォン〜と言うような音がして石が釣り鐘のように轟いた。
. 「やはりそうか、中は空洞だぞ。」
. 探は早る心を抑えてもう一度スコップで巌を叩いてみた。
. ボォン〜ボォン〜ボォン〜と空洞に共鳴する音。
. その時穴の上に伸子と路子、人夫達が姿を見せた。
. 「あら、お父さん、一人で何してるの?」
. 「伸子大変な物が見つかった。昨日の大雨のお陰でね。さぁさぁ、みんな手伝ってくれ。」
. みんなは穴の中へ降りてその石の周りに円陣を作った。
. 探は若い男子学生に混じって田畑を売ってしまって無意識に土いじりがしたい近所の農家のおば
さん達にたのみ、マスコミが居ない時に使う荒手でスピーディーな水圧吹き付け方式で二、三時間
で巨大な岩の塊を掘り出してしまったのだ。
. それはほぼ正確に球形をしており、台座の代わりにロココの家具に付いている猫足のような支え
が四つ付いていた。
. 「これが玄室だとしたら、はたして、扉は何処にあるのか?」
. 探は石の回りを巡礼者のように廻った。
. 石の周りからブゥ〜ン、ブゥ〜ン、と耳鳴りのような音が絶えず聞こえている。恐らく底に空気
抜きの穴でもあり、そこに風が入り中の空間と共鳴しているんだろう。
. 表面は荒削りの球体なので、かえって切れ目がはっきりせず、箱根のお土産細工のようにどう開
けたらいいのか探はとほうにくれた。
. となりにいた伸子は美大の写真科にいっており、プロ用のカメラでの記録を父親からまかされて
いて、何時も現場写真を撮っており、今も一々探から言われなくても四方八方からのアングルでフ
ラシュを光らせていたのだが、「ねぇ、おとうさん、ここだけ光が反射しないの。」と、左側の中
央部分を指差して言った。
. 探がそこを見ると丁度ドアの大きさだけが墓石の文字の中のようにマット化しており、何気なく
手をかざした力で中央の支点を中心に回転して、たわい無くどんでん返しになった。
. 「ぐははははぁ〜。」
. 探はつい口に出して呻き、ドアの内側を見た。それはなんと鏡のように銀メッキされていたの
だ。内面はレンズのように滑らかに磨かれていた。
. それに映り込んだ探と伸子は口をあんぐり開けて逆立ちしていた。風でグワン、グワンと揺れて
いる石の扉に用心しつつ、中の暗闇をこわごわ覗いた探は、数千年の時を経て流出した内部の空気
の匂いと湿気に目をしょぼつかせながら、ポケットからペンライトを取り出して内部に光を持ち込
んだ時、目に飛び込んで来たのはすべてが銀メッキされた球形の部屋だった。
. ペンライトの小さな光はその中で無限に増殖していくように光を強め、中は昼間のように見え
た。
. 「むむっ。中には遺体も装飾品も何も無いようだな。」
. 探や伸子、路子や人夫たちもシーンと静まりかえり、風に共鳴する音だけがブ〜ン、ブ〜ンと持
続して、内部の光は外よりも明るく輝きだした。
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