|
..
.
. 岡部さんが後ろの運転席のドアを開けて現れた。
「あれれ、お客さん、前の駅でどうして降りなかったんですか?」
. 我々はおばあさんの催眠のせいか、終点を乗り過ごして車庫に入っていく地下鉄
に、ぼぉ〜としたまま座り込んでいたのだ。
.

. 地下鉄の車両は、暗い車庫の同じ電車が何台も眠っている中を通り抜けて、奥の
もっと真っ暗な静寂へと進んで行く。
. 「えっ、どうしましょうか? 我々。」
. 「そうですね、もうしょうがないので、この車両の定位置まで来ていただいて、
そこで車庫の非常口から出ていただくようになります。
. 運転規約7条の2に“乗り過ごした客に対しては安全第一を旨とし、進路走行中に
車両を止める事無く、停車位置まで安全に運搬し、公道までの誘導をその責任範囲
とする。”とありますので。」
我々はもうどうしようもないので、それに従う事にした。
.

.
. 「あら、あら、一体何時になったら家に帰ってお風呂に入れるのかしらね。」
. 路子の母親が言ったのでみんなどっと疲れを思い出した。
. 「ママ、もういいじゃないか、この倉庫を出られたらタクシーでも拾うさ。今日
は特別な日でもあることだし。
. そこのおばあさんも途中までなら、お乗せしますよ。よければ。」
. 「はいはい、ありがとう。でも私の家までは遠いので。ちょうどこの町に住む弟
子の所にでも泊まろうかと思っていましてね、はい。漢方医の弟子ですがね。まだ
起きていると思いましてね。」
. 「あら、おばあさんお医者様もおやりなの?」
. 路子が尋ねた。私は黙っていた。
. 「はいはい、そんなところです。」
. 岡部さんは目を光らせて立っていた。
. さっきまで真っ暗だった車庫の中に点々と光りが見えてきた。
. なんだか星のようにも見える。
. 「岡部さん、あれはなんですか?あの光るものは。」
. 「はい。ここは昔、この鉄道会社の経営する遊園地のアトラクションで、その跡
の建物を車庫として使っているんです。
. 10年位前には子供達の歓声が渦巻いていた所なんです。今ではその遊園地も潰れ
てしまって跡形もありません。ここの建物だけが残ったと言うわけでして。はい。
. “よい子の宇宙探検ゾーン”と言いました。その時のライドの線路を再利用して
車庫にしたんです。」
..
. ちょうど、前方に大きな作り物の地球が見えて来た。
. 地軸の部分の回転軸も錆び付いている。南半球は氷河期のように埃を冠ってい
る。
.

.
. 「おう、おう、可哀想に。」
. おばあさんが突然叫んだのでみんながびっくりした。
. 私は彼女が錬金術師と知っていたので別に驚かなかった。錬金術師は占星術師で
もあるからだ。
. 「おばあさん、何よ、びっくりさせないでね。唯の作り物の地球でしょ。どうせ
安物の発砲スチロールかFRP造型物のね。」
. 路子が我慢しきれず言った。さすがに美大生なので作り物にはうるさいのだ。
. 「おじょうさん、あなたはそう言いますがね、一体、我々の体は何で出来ている
と思います? 地球の粉と水と空気が太陽の光りによって接着されているだけなん
ですよ。植物は純粋にそれで出来上がっていて、それを食べる動物を食べる我々も
全く太陽の子供であり、その親の夢なんですよ。
. その証拠に夢に退行して行く時の鍵の回転は左回りで、リアルに向かう時は時計
回りなんです。そのように地球は太陽の周りを左に回転しながら、自らも左に回転
して太陽の夢であり子供である事を表明しています。
. 我々は地球そのものであり、地球は我々の拡大された肖像ですよ。
. 自分の肖像が打ち捨てられているのを見て嘆かない人がいるんでしょうか?」
. 路子は擬議した。
. それでも苦し紛れに反問する。
. 「おばあさん、お医者様だとさっきおしゃったけど、何者なんですか?
それじゃあ、お聞きしますが月はなんですの、あんな砂漠の様な生物の居ない
所。あれも太陽の子供なんですか?」
. 「いい質問です。いえいえ、あれは我々の夢です。子供です。ですから扶養する
義務があるんです。」
. 路子は又も擬議した。
.

. 「月は我々の夢を喰っている獏の様な者です。夢を仕送りしないと死んでしまい
ます。仕送りすればするほど鏡のように輝きます。そのために我々は夜、夢を見続
ける必要があります。なので私は少しでも子供にお返しを請求しようとアメリカの
民間のロッケット会社に予約して、新しいビジネスを計画中です。炭を月に送るの
です。炭素は月で直ぐに銀化します。地球でも1000年も土にガラスを埋めておけ
ば銀化するローマングラスは御存じでしょう。炭素は非常に根源的な物質です。
. このことで私の言っている事がまんざら嘘でも無い事が少しでもお分かりでし
ょうか?
. 最近でも星全体がダイヤモンドでできた固体が発見されました。急がなければビ
ジネスチャンスは逃げてしまいます。みんながやり出したら終わりなのです。
. 経済とは全く夢の夢に他なりません。物質それ実体になんの優位性も本来ないの
です。」
. みんな黙ってしまった。
. 『なんだ、このばばぁは。』と思っていたのだ。
. その中で商売気のある路子の親父が食い付いた。
. 「おばあさん、それで、その炭を送るのは何時頃になるんですかね?」
. 「あら、おとうさん、ビジネスに興味がおありですか?
. そうね、それはアメリカのロケット会社のやる気にも寄りますし、炭の重量コス
トと地球での銀相場によって変動しますが、まあ炭なんて銀に比べればタダみたい
な物だし、5割り位の儲けだと思いまよ、往復の運送経費と入金までの運転資金を
引いて。」
. おばあさんは錬金術師だけあってビジネスセンスにもその才を発揮した。
. 私は笑いながら見ていた。おばあさんと自分の姉弟関係は揺るぎないもので彼女
がだれも傷つけない人だとゆう確信があったから。
. 路子の父親は食い下がって、その時が来たら是非とも自分にも声を掛けてくれる
ように名刺を出して懇願していた。
.

.
. やがて次ぎの火星が見えて来た。
. 電源は切ってあったが、電車のライトが照らし出す赤い星は、戦いと火とイメー
ジ力を受け持ち、鉄を支配して、我々の夢の炉の点火装置を代行しているのだ。
. 「おばあさん。星の事にお詳しいようだけど、星占いでもおやりなの?」
. 路子の母親が聞いた。
. 「はいはい、お母さん、そんなところです。
. 星占いはこの間、戦争があったユーフラテスの川辺りにあったバビロンという大
変立派な町に、むかしのむかし、郊外の山で羊を飼いながら暮らしていたカルディ
ア人が大都市の建設のため木が伐採され草がへってしまったので、しょうがなく町
中に降りて来て始めたのがきっかけです。
. なにしろ彼等ときたら岩しか無い山の上に住んでいましたので、やる事と来たら
星を見てお話を作ったり、その道筋を記録したりするしかやる事がなく、おまけに
彼等のねぐらは空気も澄み望遠鏡など要らない位高い所なのでしたから。
. そのうちに彼等の中でも勘のいい人達が水星があそこにあった時は洪水が多かっ
たとか、火星が左にある年は山火事が多かったとかで、焚き火の前の夜長の議論の
テーマが盛り上がり、その中でも天才的な人物が、夢の中で見た集合的無意識なお
告げでそれらを確定していったのが星占いのはじまりです。
. バビロン人も『おいおい、これは使えるぞ。』と言う事になって占星術師といえ
ば当時はカルディア人の事を言ったのです。
. それでなんとか再就職の路が開けた訳です。その時は今のように彼氏の浮気や宝
くじを買う日を占うんじゃなく、もっと深刻な干ばつの日や戦争に出向く日の予測
に使われていましたから社会性があったんですね。」
. おばあさんは話し出すと長かったが、分りやすく簡潔にまとめるのがうまく、み
んなはうなずきながら聞いていた。
. それに彼女には自分にみんなの気を集中させるような独特の雰囲気があった。
.
.
.
つぎのページへ
|