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. すこし話しが難しくなって来た所で私はミルクを一気に飲み干した。
. 味もまんざらでもないなと思って来た。
. 暫くして、私はこの家の土壁がよくよく目を凝らすと細かな魚の鱗のような物質でびっ
しりとコウティングされている事に気が付いた。
. それはジュワッ、ジュワッ、と沸き上がるように変化して光彩を放っているように見え
たのだ。
. 「まま、まどかさん。壁が変なんですけれども。何だか生きているように見えます
が。」
. 「ああ、山羊ミルクのせいでしょう。香辛料の草のせいでしょう。しかし、それも単に
副産物です。」
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. 「リアルの部屋でも、あらゆるもの達がそのように実は変化していて、固定されるもの
はありません。物になったぶんだけ少しはその場所に永く留まりますが、それも何時かは
夢のように溶解、腐敗して、それは新たなる再生のための準備になります。」
. 実は今、私達の座っているテーブルと椅子はこの民家にはふさわしく無い透明なアクリ
ル材で出来ていて、その椅子が空気の入ったクッションのように、なんだか柔らかな物に
変化したような感じがした。
.

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. 奥の部屋からは長唄のような女の間延びした声と三味線の音がする。しかしよくよく聞
くと、それはトタン板に漏れて滴っている水滴の音と山羊の声だった。
. 私は少し落ち着かなくなって、家の周りでも散歩したくなった。
. 「少し外でも歩きながら話してみませんか?」
. おばあさんは私が落ち着かなくなっているのを察して
. 「ええいいですよ。行きましょう。外には外の教えがありますから。」
. と、謎めいた事を言った。
.

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. 家の周りの水田は蒼青として風を受け、大きな緑色の獣の体毛のように渦巻きの斑紋を表
したり消したりしながら、うねうねと生き付いていた。
. 目に入って来るものはごく普通の日常だったが奥行き感がでたらめだった。水田は砂漠
の様に何処までも延びていっているようにも、パネルに印刷された写真のようにも見え
た。遠くに居るはずの山羊も巨大な象のような体で目の前で草を喰っていた。
. すべての表面は一つの水面で波紋同志が影響しながら、大きな源泉へと流れ帰っていく
ようだ。
. 「ああ、私は本当は何て幸せなんだろう。」
. 突然、意味も無く多幸感に襲われる。周りのものすべてが微笑んでいるように感じられ
たからだ。
. 畑の向こうの国道を選挙活動の宣伝カーが走り去ったが、聞こえて来たのはアラビアの
音楽で、候補者の名前では無くアラビックな文字が読み取れた。
. 「まどかさん、今のはた確かアラビア文字でしたよね?」
. 「ええ、“罪が罰”と書いてありました。罪を犯せばそれそのものが罰になるという意
味です。たとえそれが一生分らなくても無意識や潜在意識の中にメモリーされてしまいま
すから、それ以降の行動の演算にデータとしてすべて関わって来る事になるんです。その
罪が。それは悪い夢として結晶化して我々の人生を左右します。」
. 「なるほど。」
. 「錬金術が遥か昔に予言したアイデアは最近実現しています。
. 人工生命(ホムンクルス)です。人工ダイヤや水晶などは日常的に使われています。
. その時はとんでもない夢でも夢に持ち上がった以上、必ず何時かリアルになるのです。
. 錬金術では夢とリアルを同じファイル内で扱うのです。」
. 田んぼは合変わらず一匹の生物として蠢いていた。
. その片隅に少し深く掘られた池が作ってあって鯉が飼われている。
この辺では昔から動物性タンパク質として食用にするのだ。
. その水の中に猪俣が見えた。
. 私だけに見えるのかも知れない。
. それは一瞬だったからだ。
. それに、それは鯉のように小さかったからだ。
. しかし、もう私はこのでたらめなスケール感には動じなくなっていた。
そもそも、大小なんて我々が勝手に自分の体を基準に妄想しているだけで、宇宙にはな
んの基準もないのだ。
. でも、猪俣は最近死んだはずだ。絶対にこんな所に居るはずはない。そう思うと涙がボ
ロボロ、マンガのように零れた。単純に今話せない事が悲しかった。猪俣は私以上に何か
が解っていて、この場にいれば私以上の収穫を得たに違いないから。
. 世の中には自分が短命である事を初めから知っていて、その時をがむしゃらに生きるタ
イプがいるもんだが、猪俣もそうだった。彼の場合は対象が女や仕事ではなく、自分の家
づくりに熱中していたのだ。裕福な家庭を引き継いだ彼は広い敷地に幾つもの家を立て
た。建築を止めれば自分も終わってしまう強迫観念に駆られながら。
. 彼の場合は今流行りの自然嗜好をまったく信じてはおらず、『地球にやさしいなんて、
君は一体、何様だい。』とよく私に言っていた。カラスが針金ハンガーで巣を造型するよ
うに彼の中では人工も自然の一部に過ぎなかったのだ。『戦争や災害の跡を見てみろよ。
. 一週間もあればみんな土に帰って何事も無かったようだ。人間の痕跡なんてね。』そう言
っていたのが思い出された。
. 遠くで子供達が草の中を竹馬に乗って遊んでいた。私にはそれがダリの絵のように足のと
ても長い象のような生物に見える。それらはのそのそと遠くを歩き回っている。
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