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. 現実の従妹の路子の家族はもとインテリヒッピーだけあって、それぞれの趣味
にも品と花があった。
. 母親は家事も上手かったが、年に一度、花と書の個展を街のギャラリーで開
き、私と路子はほぼ強制的にオープニングパーティーに出席するのが習慣になっ
ていた。
. 今日はそのオープニングの日で、我々の住んでいる郊外の町を走っている私鉄
に乗り地下鉄に乗り換えて、会場まで路子と連れ立って行く事にした。
. 我々が地下鉄の駅に入るやいなや、スゥ−と冷たい空気が流れた。
. ホームには人影も見当たら無かった。
. 辺りはシィ−ンと静まりかえり、なんの音もしないのだ。
. 入って来た車両も旧式な物なのに鉄の軋む音やゴロゴロと車輪が転がる音も全
くしなかった。
. それ所かホームへ降りた途端、我々は口をパクパクさせる魚の様になって声が
出せなくなった。

. 始め我々はジェスチャーで何とか話そうと勤めたが、それもそのうちに面倒に
なり黙り込んだ。
. 別に話さなくてもいいと思ったのだ。
. とにかく目的地の駅まで行って、それからでもいいと思った。
. それにパーティーではいやと言うほど話さなければならない予感がしたから
だ。
. 路子はこの駅始発の滑り込んで来た車両にさっさと乗り込んですまして座って
いる。他には客も見当たらず、無音の暗闇の中へ電車は滑り出した。
. 旧式な車両のためかひどく揺れた。ホームにいた時も振動で足が振らつくほど
だったが、しかしそれは嫌な揺れではなかった。波が反復するように繰り返して
眠気をさそうほどだ。
. 電車はそれほどスピードは出さないようで、過ぎて行くものは、ハッキリと見
えた。オレンジのバツや、緑色の点滅が、路子の顔半分をフラッシュした。
. 上から落ちて来る水滴が、ガラス窓に纏わり付いて、黒いベルベッドの上にば
らまかれたビーズの様になった。

. 路子が突然、口をパクパクさせて車内の中央を指差した。
. 何時の間に入り込んだのか一匹の蜜蜂が空中停止していた。
. 蜂の飛行は蠅よりも上等だ。蠅はスピードはあるけれど空中に止まる事は出来
ない。鳥でも蜂鳥は空中停止するが、そのために一日に体重の3倍もの蜜を補給し
なければならない。
. 空中停止と言う超飛行は最上の技術とエネルギー効率を必要とする。
. ところがこの蜂はおまけにバックしたのだ。
. 「なんだこれ。」
. 私は心の中で叫んで、その蜂に釘づけになった。
蜂は音なくバックして後ろの運転席のガラスに止まった。
私は路子と目配せして一緒に後ろの運転席のガラス窓まで蜂を見るために下がっ
て行った。
. 後ろのガラス窓には確かに蜂が前足を摺り合わせながら止まっていた。
. 運転席には後ろなのに運転手が座っていた。
. 私達は顔を見合わせて?のゼスチャーをして、私は路子の手を引いて前の運転
席へ駆け寄った。進行している方向の席に運転手は居なかった。
. 「どうなっているんだ。運転手が逆じゃないの。」
. 私は心の中で叫んで、路子の顔を覗いた。
. もう一度路子と後ろへ戻った。
. 「ドンドンドン。」
. 私はガラスを叩いて運転手に呼び掛ける。
. 蜂は又、飛び立つ。
. 運転手が振り返る。
. その顔には目と口が無く、目の位置に豆電球が二つ付いていた。
. 「なんだ、人形じゃないか。」
. 私はとっさにそう言い運転手の顔をもう一度見た。
. 「いえ、そうではありません。」
. 確かに誰かがそう言った。

.
. 「私は人形ではありません。ライトとマイク付きのCCDカメラです。私の後ろ
には何十人という管制官が本部の制御室でこの電車を見守っています。言い遅れ
ました、私はこ車両担当の岡部です。よろしく。」
. 「うへ〜、そう、それはそれで、いいとして岡部さん。それにしても何であな
たは後ろの席にいるんですかね?」
. 「いえいえ、これは後ろの席ではありません。この車両はバックして進行中で
す。
. “運転規約第十六条”にも“なんびとたりとも、車両の方向を勝手に変えては
ならない”とあります。」
. 「でも、前にカメラがないと危ないんじゃ無いの?」
. 「いえいえ、今の地下鉄やモノレールなどは運転手など本当は要らないので
す。障害物が5mも前に現れれば急停車するように出来ていますし、火災など起き
れば自動的に消化活動をロボットがして乗客を安全な通路まで導きます。
. ここに張りボテの人形のような物を置くのも気休めなんですよ、乗客に対す
る。」
. 「へぇ〜、そんなもんなの。」
. 「そうですよ、今は。
戦争だって今は本当は戦車や戦闘機は無人でいいはずなのに、人がのりこむん
ですよ。そこに戦争の秘密があるんです。」
. 「へぇ〜、そうなの。
ところで、岡部さんと私はなんで話しが出来るのかな。今まで路子ちゃんとも
話しが出来なかったのに。」
. 「ああ、それはですね、この地下鉄は消音周波数が音を打ち消すために発信さ
れていて地下に音が篭ってうるさくないようにしてあるんですが、あなたと話す
ために、先ほどそれを消しましたので。」
. 「それはそれは、随分、御丁寧な説明ありがとう。」
. 「はい、今日は乗客も少なく、ついつい長話しになりました。“運転規約二十
三条その他の注意”にもこうあります。“なんびとたりとも乗務員は乗客にむだ
な話しを持ちかけてはならない。ただし、乗客の安全のため必要とされる説明は
その限りではない。」
. 「なるほどね。」
. 私達は妙に納得して前に座っていた席についた。
. 蜂の飛び方も気になっていたが、また岡部さんに聞くのも気が引けたし、第一
それは運転規約に書いては無いだろうから。
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