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● ここでは偶然私が入手した故人の作品や墨跡と対話してみましょう。 そもそも品物というものはそれが作られた過去の時間であり記憶です。その人の人生の5分間なり10分間なりのそれが作られた時の時空です。そう言う意味では我々は何時も過去の他人の時間の結晶と交霊しています。 しかしここでは日常化してしまったコピー作品や、デジタル商品ではなく、本物の肉筆や手作りの作品である必要があります。コピーの量が増えれば増える程、その品物に費やされた作者の時間性は希薄になるからです。いにしえの品物は骨董と呼ばれますが、しかし骨董にも量産されたものは存在しますので、ここに登場願うのはあくまでその人の手作りの物にかぎられます。その霊は私に思いもかけない掲示を与えることがあるので、丁重にもてなさなければなりません。それは時に、書画音曲陶芸などとして私にフィードバックしてくるので、場合によってはその影響により作られた私の作品も提示しておきます。それは客人に対しての私のもてなしなのです。 もう一つ言っておきたい事があります。それはは客人の中にそっくりさんが時々紛れ込むことです。これは交霊会でもよくおきる事らしいのでですが、別の悪霊が他人をかたって現れるのです。骨董趣味の霊界ではこれは日常茶飯事です。素人にはまったく見分けがつかないものも少なくないのです。しかしそれも来るものは拒まずで、客人として受け入れましょう。それこそ彼等の芝居も一種の霊的なコピーとして。霊媒師とは霊的役者に他ならないのですから。 . 尚、このコーナーは客人の再訪問により追加拡大される事があります。 . (2008/01 そらしま) |
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皺詩(しゅうし)とは客人に対峙して紙の皺を見つめていると文字が見えて来るのである。漢詩のような場合が多く、客に対応する意味の場合がある。すべて皺の山か谷に沿って紙に書かれたものである。 . . (意訳) 流れる墨の中に人が現れる 紙の皺の中に現れる客人 土が崩れ 出て来るフォルム 私は作るという事を知らない
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. 皺詩をアナグラム的に読み替えて第二の詩を作る . . 客人は自ずからフォルムする それは現れたり現れなかったりする 墨と紙と 壊れる事と同時にそれらは作られる 私はしわや土の中へと流れて行く . . . |
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