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.其の一
.き
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. 山々はそろそろ春日射し桜の蕾みも見え始めて、辰狐(鶴菊)にも遅すぎた春が訪れようとしてお
りました。
. きつねの嫁入りのような並んだ火が降りてきたこの川の土手に夕刻に見られるのはこの早春の季節
には珍しくなく、ここの土地の者はそれほど気に掛ける事もなく一種の風物として親しんでいたので
ございました。
. 辰狐は入山から半年あまりたち寺の生活にもなれて、たまには下の川まで降り洗い物をする事があ
りそれを済ませてから帰ろうとした時に、振り向きざまにその火が土手の上に見えたのでございまし
た。
. 河原で石の下の沢ガニなどを探す猿駆ける中州の向こうの土手に、その蜃気楼は現れたり消えたり
していたのでございます。
. この当たりの河原はたまに村の刑場と化す事があり辰孤も一度なにげなく河原に降りて行って、悲
惨なくわせ者の死骸がさらしてあったのを目撃して、その日の食事が咽を通らなくなった事があった
のでございます。
. 現代の我々もつい最近まで首狩り族だったのを忘れて海の向こうの出来事を哀れんでいる訳ですか
ら、この頃ではそのような光景は誰もが目にする事のあった見せしめだったのでございます。
. その忌わしいイメージと狐火と人魂がだぶって見え、辰狐はふる里の村に似たる野山湧くこの河原
でしばらくたたずんでおりました。
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. その火の列の中に一つだけ大きな本物の焚き火をする釣り人がいるのを目にしたのでございまし
た。このころはつり魚おいしい季節でもあり夕食のために魚を焼いているのだろうと木切る音がする
川上の方へ近付いて行ったのでございました。
. 「お前さま、旅の人、こんな所で独り魚を焼くのはこのあたりの河原にでもお泊まりなさるのです
か?旅籠まではずいぶん遠く、このあたりには宿はありませぬよ。」
.「これは尼さま御心配有り難くぞんじます。私は旅の薬売りで、このあたりの村廻りに参りましたが
日も暮れてきょうはこのあたりの草床にでも一晩明かそうと思っております。
. 今度の商いはさすがの私も勘が狂って荷の見積もりを間違えましてね、旅の途中で品物がなくな
り、思っても見ないあたしが泣く危機がやって来て、明日の旅籠代にも事欠くようになって、売り切
れ知るまじ富山の方へも飛脚で泊まっている旅籠に荷を送るように頼んだのですが、待っても待って
もそれも着かず、困り果てついつい山の方へ山の方へと入り込んでしまいました。
. なあに野宿は慣れた身の上で御心配なく。村の茶店で買った酒と、ここで釣った石斑魚 うぐい と前
の山で先程取って来た編笠茸で一杯やって暖まり、さっさと寝てしまおうと思っております。はぃ。」
. 「へぇ〜、それはそれは大変でしたね、お困りでしたね。
. ところでその編茸なんてめずらしい。そんなもの火事跡にしか生えないと思ってました。大変な御
馳走ですねぇ。」
. 「はい尼様、まだまだ沢山ありましたよ、前の山に。」
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. そう軽く世間話しをして旅人と別れたのでしたが、ふと思い付き自分もあの珍しい網茸を少し取っ
て寺の者に食べさしてやりたい気になり、浅瀬の所の細い川瀬を渡って前の岸の山道を登って行った
のでございました。
. 春の日暮れ前の山々は黄緑色とオレンジの迷彩色にまだらみ、まどろみ、辰狐は河原で干した洗濯
物をたたんで籠に入れて背負い、山の中へと茸取りに入って行ったのでございます。
. 二三日前に大雨があり、山々は少し湿っており茸が生え育つにはもって来いの気候だったのでござ
います。
. 「あら、見つけた、あそこにも、こちらにも。」
. と辰狐は時を忘れて奥へ奥へと入り込んで行ったのでございます。
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葭 よし や葦 あし
との生えたる河辺
善し悪しの区別無く
泣く泣く廓の綸子 リンス の布団
ふと気が付けば夢のよう
ようやく心も落ち月の
ついた丸餅 地蔵にそなへ
おそうならじと帰り道
どうりでなかなか見え着かぬ寺
つく鐘 峠の向こうから
とうに過ぎたる二股の坂
色恋ざたでもあるまいに
狂に舞い 道に迷って来た路の
満ちる心の細さかな
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. 辰狐は自分が道に迷った事に思い当たり、日もそろそろ暮れかけて来て、茸も十分取り溜めたの
で、ここのところは早く帰り道を探し出して、足元の明るい内に寺に辿り着かなければならないと焦
り始めていたのでございました。
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