ゆ め つ な ぎ -10b   み ず た ま ア ラ カ ル ト

by  そらしま

.

.

S

H

O

W

N

A

N

. 

 湘南は初夏だ。

. 恋人達が何処からともなく運んで来たに違いない。

. オープンカーに乗せたり、二人で下げた海セットのバスケットに忍び込ませて持って

来られ、渚で一斉に開かれてそれは増えていったのだろう。

. 海の家も、もう6月初めには建ち始めていたから。

.

. セツは傷心のまま横須賀線で久里浜から鎌倉まで行き、江ノ電で鎌倉高校前まで来て

いて、木のベンチに座って独り海を見ていたのだ。

. 当分の間の小遣いとはとても言えない高額な振り込みも前の仕事で入金されていたし、

一気に世界めぐりに飛ぶ事もできただろうにそんな気にもなれず、ベージュとサップグ

リーンの江ノ電が自分の海を遮断するのを何度も気にしないで赦していた。

. この駅のベンチからはサーファー達がイルカの群れように並んで波を越えて行くのが

何時も見えた。自転車にサーフボードを括り付けたボウズ頭が国道を走り抜け、山の中

から海を見に来た恋人達が、柔らかい砂岩の上にビーチマットをひいて並んで座り、セ

ツの失恋に背を向けて海を見ていたのだった。

. チィンカン、チィンカン、チィンカンとブリキぽい音で線路横断注意の警告灯が瞬き

して、今度は紺色のクラッシック仕様な車両が入って来た。

. セツはわざわざノイジィ−なモノラルのポッケトのラジオのイヤホーンで“思いっき

り歌謡曲”を聞いていた。

. そんな明るいがブルーな風の吹く湘南の方向へ私達、浦島、路子とその両親は大船の

共通の親戚の家に一泊して、朝、大船駅前からモノレールで江ノ島まで出て、江ノ電で

鎌倉まで行こうとしていた。

. 現実の路子の家族と私、浦島は大船の親戚を拠点に湘南巡りをしようとしていた。

. 路子の父、一太郎は零細な町の印刷屋社長だったが近頃の不況で仕事が切れる事も度

々で、大手印刷会社の営業がひと昔前だったら見向きもしないチラシや名刺の印刷まで、

ごそっと持って行ってしまうので、一太郎のような会社も暇になって、数少ない従業員

も研究会や自分の持ち場や倉庫の掃除の日々が続くようになって来ていた。

. しかし一太郎はあまり動揺するようすもなく、こんな時に慌ててなれないものに手を

出すと、かえって大怪我をして取りかえしのつかない事になるのを知っていたし、又そ

ういう印刷業者仲間も沢山知っていたのだ。

勿論、根抵当の保証人で痛い目にあった事もあったし、得意先の取り合いでヤクザまが

いの連中が押し掛けて来た事もあった。

. 「シマ、やっぱり自由が一番だよ。囚人のような金持ちに一体なんの意味がある?で

もその一番の敵は自分さ。『そうは言っても、少しは金は持ってなきゃぁ。』なんて何

時も近くで囁くんだからね。」

. ヒッピー上がりの一太郎は何時も私に口癖のようにそう言った。

. だからこんな時でも自分は会社に行かず、私をさそって気分転換に湘南めぐりをしよ

うと東京郊外の町から二泊のこの旅を計画したのだ。

. 私達の住んでいる東京の町は都心へ出るのは1時間位だったが、横浜方面へは交通が

不便で二時間半はかかるのであまり普段はみんな行きたがらない方向だったのだ。

私は猪俣が生きている頃には国道16号から横浜横須賀道路に入って、一泊を覚悟で遊び

に行ったのだが、叔父夫婦は横浜湘南というと、どうもおっくうでなかなか腰が上がら

なかったのだ。

. しかし今回は思った時が好日とばかりに、路子と私をさそい何か旨いものでもと浮き

足立っていた。

.. モノレールは丁度鎌倉山の西手の住宅街をすり抜けて、江ノ島入り口の少し奥まった

地味なビルの中の終点の駅には入り込む。それは江ノ電の竜宮城のようなそれとは対照

的だ。

. この初期型のモノレールは、果して釣り下げられる事に何の意味があるのかも分から

ないままに今日も時間通りに運行されているのだった。

. 釣り下げられているために、途中国道の交差点の上では信号どおりに停車して下の大

型クレーン車などとのすれ違いを防止していた。

.

. 釣り下げられたと言えば私も、昨日の夜のただ酒を調子に乗って飲み過ぎたせいか、

それとも何時ものこの家庭のノリで何かあると必ず回ってくる“イカガワシイ紙片”を

今日の朝、出掛けにカフェオレと一緒に飲み込んでしまったせいなのか、モノレール独

特の振動で少しフラフラして、網膜に不正な光りが飛び回っており、それがどう見ても

クラゲのように見えるのだった。

.

. クラゲと言えば江ノ島水族館は日本でもクラゲの飼育では有名であり、古くからのク

ラゲファンには人気のスポットだ。そんな事を考えてモノレールに乗っているうちにそ

の怪し気なひかりは途絶えて我々は終点に到着したのだった。

. 久々に江ノ島に来てみると、前に何時来たのかは忘れたのだが、たいして変わった様

子もなく、このあまりに日本的といえば日本的箱庭のようなプチ西海岸な観光地は古くか

ら新婚旅行のメッカでもあり、いまもサーファーや恋人達が行き交い、トンビはその弁当

を狙い、その掴まれた唐揚げをカラスが横取りし、その喰い散らかした後を鳩がつつくと

いったふうで、観光地そのものの俗っぽい生存競争が今日も繰り広げられていた。しかし

田舎の海辺の観光地のようにワカメを売り付けるおばちゃんや食堂の客引きはおらず、そ

こは少し湘南気分で歩道を散歩も出来たのだ。

. 今となってはレトロになってしまったお土産屋の通りを我々は江ノ電の駅へと向かった。

.

. 一方、江ノ島と言えば居ても立ってもいられないラーメン町にいた、紛い物ハルピン製

リカちゃん人形風レプリカントくろがねエミは、その商店街のニューウェイブなラーメン

屋を媒介して、そのとなりのつぶれそうなお土産屋のショウケースの中で黄ばんだセロハ

ン袋の中で横になって居たリカちゃん人形にその60sな幽体をペーストして、海岸通りを

走るレトロでイェ−イェ−なフェアレディ−の後部座席にその意識を移動させたのだった。

. エミは暇な時は何時もこうやって世界中を旅していた。「だって、何が悪いのよ、世界

はマーブルのように色とりどりで、パープルなスモークなのよ。」そうエミは周りの者に

言い残し旅立って行く。自身もスモークなのを認識しないで。

. そして丁度、その車は江ノ島水族館の前あたりから江ノ島入り口当たりを走っていて、

エミはそのオープンな後ろのシートからサングラスに白いスカーフをはためかせ、過ぎ去

る江ノ島を見ていたのだった。

.

. さあさあ、これで役者は揃った訳だ。

. お話はこれからなのだ。

つぎのページ

S

H

O

W

N

A

N

.